イージーオーダーとパターンオーダーのこと@

川淵 勉

仮縫いなしはほんとうに注文洋服か■
 最近では一流のテーラーさんでも販売価格を二本立てにし、少し安価なイージーオーダー方式を採用するところが増えてきているようだ。お客さまの方からすると、気に入った素材を選び、好みのデザインやディテールのものを、自分の身体の寸法を計ってもらって作るのだから、たとえ仮縫いの工程は省かれていても明らかに注文洋服だと思っている。
 商売なのだからそれはそれでいい。しかし仮縫いなしのものがほんとに注文洋服と言えるだろうか。なぜなら、この仮縫いは注文洋服の製作過程でもっとも注文洋服らしい大事な部分だからである。
 仮縫いの工程は、受注に際してのお客さまのご希望がじゅうぶんに表現出来ているかどうかについて、お客さま自身に具体的に確認してもらうことを表の目的としている。お客さまの要求に応じてお客さまの服を作るのだから、シルエットやディテールはもちろん、大きさや着心地について、ほんとうにこれで気に入ってもらえるだろうかを確認するのである。たとえばもうすこし大きくしてほしいと言われたとき、大きくとは、太くするのか長くするのか、どこをどれだけどのように直せばいいのかについて、具体的に現物で確認しあうのが仮縫いである。
 仮縫いにはもう一つ製作するテーラー自身のための重要な目的がある。いわば裏の目的である。受注したテーラーが自分の感覚と技術で進めてきたデザインやカッティングが、所期どおり完全なものに仕上がっているかどうか、お客さまの体形へのフィットは完璧かどうかなどの確認である。この作業は顧客の意向や要望とは別次元で、テーラー自身の技術的良心によるものであり、自分の技術に確信を持つための大事な作業なのである。
 「ビスポーク」とは話し合いながらということだ。お客さまとのコミュニケーションの場である仮縫いは、注文洋服が注文洋服であるための最重要部分でありこれを省略すると注文洋服とは呼べなくなってしまうのではないだろうか。
共同縫製はテーラーにとって諸刃の剣となる■
 イージーオーダーの業態はもともと百貨店において1950年代中期に始まったものと記憶する。システムの概略は、店頭に数種類の着せ付け見本を用意し、受注時にお客さまの体型と寸法に合いそうなものを着せ付ける。サイズ補正などを伝票に記載して同じ型紙を持つ本縫い工場に職出しする。仮縫いに要求する期間と手数を省いて、注文洋服よりも安値なものを提供しようと出発した。
 お客さまの側は生地やデザインを選ぶことができ、採寸も仮縫いもしてもらえるのだからお誂え服だという認識であり、製作側は既製服工場で縫製するものだから既製服と同レベルの安価で安定した商品が出来上がるという両者にメリットのあるシステムである。
今日のテーラーさんのイージーオーダーはこの方式とは違っていて、仮縫い工程なしで、そのまま共同縫製工場において縫製される。
 ところで、この共同縫製には重要な問題がある。縫製工場では、個々のテーラーの持ち込む裁断・補正済みのものを、たとえば肩の線とイセ量の関係に、あるいは袖ぐりと袖の関係について、自分の工場の得意とする形に描き直してから縫製にとりかかるのが一般的なやり方だ。
 工場ではテーラーごとに異なるラインやイセ量のものを、みんな同じようにうまく縫い上げることは無理なのだ。だから工場でのこの修正は安定した品質を得るための暗黙裡の陰の大事な技術として許されよう。
 だが結果としてこの均質な仕上がりと、無難な安定した品質は、テーラーにとっては諸刃(もろは)の剣となる。安心して縫製を依頼できる利点と引き換えに、お店ごとにあるはずの特徴が減殺(げんさい)され、商品の個性、自店の特長が希薄になってしまうからだ。