注文洋服と既製服のことB

川淵 勉

■欲しいサイズがない・・既製服最大の弱点■
 前回は注文洋服の弱点に触れたが、既製服にも決定的とも言うべき弱点がある。サイズのことだ。
 すでに完成している服を試着してから購入するのだから、注文洋服のように仕上がりに対する不安はまったくない。シルエットや着心地、サイズなども実物を着てみた上で確かめる。色柄や暖かさ軽さなども現物のままだから思い違いはない。必要とあれば縫製の細部も念入りに確認することが出来る。
 店頭に並んでいるたくさんの商品の中から自分の好みに合いそうなものを選び出し、着てみる、動いてみる、ポケットに手を入れてみるなどして、じゅうぶんに納得してから買うことを決めればいい。少しでも気に入らない箇所があれば買わなければいいのだから失敗の恐れはない。流行のシルエットやディテールのデザインに強いこだわりをもつ若ものたちが、注文洋服よりも既製服の方を支持するのは、細部まで完成品の確認が出来るからである。
 そのかわりレディメードには宿命的な弱点がある。注文洋服に比べて表生地の色柄の種類が限られていて選択の幅が狭くなってしまうという点。デザインにも自分の好みが生かせない。たまたまその両者が気に入っても、自分に合うサイズがなかったり体型にフィットするものがなかったりするという大弱点だ。
 色柄やデザインにはいくらか妥協することが出来ても、自分にフィットするサイズがないことは決定的な致命傷になる。これはどれほど多様化が進んでも解決できない既製服の宿命的な構造上の弱点である。

■補正修理のあとが既製服の最終品質■
 既製服にはもう一点、見逃すことの出来ない大きな弱点がある。サイズやフィティングの補正のために施される修理技術の劣悪さである。
 たとえば左の袖丈を短くするという簡単な例をみよう。丈をつめるから左だけ袖口幅が広くなってしまう切羽かざりに微妙な違いができる。ボタン付け糸の色が揃っていない。袖芯の具合が違ってくる。袖裏まつりのピッチの違いも気になる。
 補正箇所が袖先でなく肩の周囲のになるとさらに大問題だ。肩幅や肩の傾斜などを劣悪な技術で修理すると、服全体の機能性やシルエットに重大な影響をおよぼし、服そのものを壊してしまいかねない。
 お客さまにとっての品質は、工場で縫い上がったときや、売り場に陳列されていたときのものでなく、補正の後にお手許に届いたときのものであることは言うまでもない。
 一般論として、既製服では補正量が大きくなるにつれて最終の品質が低下すると言われ、少しぐらいの不具合なら直さないで着た方がいいなどという悲しい現実がある。
 既製服でも超高級品では、コスト高にはなるが元の生産工程で修理する制度になっていることが多い。これならその修理部分に使われる機械や担当技術者が生産時と同じなのだから品質は維持できるだろう。いわば一着持ちのテーラーの商品の修理を、最初に縫った職人さんが直すのと同じことである。しかし一般レベルの既製服では修理の専門業者に委託するケースが大半であり、残念ながら当初の品質と同じ水準の仕上がりが得られないことが多いのだ。
 前回と今回にわたり、注文洋服と既製服の長所と欠点をみてきた。結論としては、注文洋服で出来上がりの不安を抱く人はレディメードを支持し、わざわざ寸法を計って仮縫いまでするのだから自分に合わないはずはない。ましてや好みの生地、好みのデザインで作ってくれるのだから最上だと思い込む人は注文洋服の信奉者になるだろう。お客さまがどちらの長所をより強く求め、どちらの欠点を避けるかによって、この両者は選択されることになる。
 ここで、広く紳士服に携わる方々に一言を。
 レディメードのことをよく知らないでいて、あれは良くないなどと言うテーラーさんは、とくに高級なレディメードのデザインや縫製の中身を研究してほしい。また、レディメードの技術者や営業担当者は、一流テーラーの作品のどこがどのように優れているのかを研究し、謙虚に勉強してみることだ。両者とも大いに得るところがあるに違いない。